
はい、亀井です。yykameiという名前でインターネット上では活動しております。所属はタイミーです。 Timee Product Advent Calendar 2025 Series 2 の 3 日目として、影響力をテーマにした記事をお届けします。それではどうぞ!
影響力からは誰も逃れられない
「自分はマネージャーではないから」「ただのいち技術者だから」と考えて「謙虚」に振る舞うことはありませんか?もしかしたらその「謙虚さ」は実は組織にとって最も厄介なリスク要因になっているかもしれません。
「影響力」という言葉は「権力」や「命令権」と同じ意味で捉えられがちです。「自分には人事権もないし、何かを決定する権限もない。だから自分には影響力なんてない」と。しかし、それは大きな誤解です。組織において「影響力」とは、誰かに命令を下す力のことだけを指すのではありません。誰かの発言、態度、あるいは「沈黙」さえもが、周囲の感情を動かし、他の誰かの行動を変えてしまうこともあります。
誰かが会議で腕を組んで黙っているだけで、他のメンバーは「反対されているのではないか」と不安になります。 ランチで何気なくこぼした愚痴がチーム全体の士気を下げることもあります。 逆に、誰かが楽しそうに難題に取り組む姿が、他の誰かの挑戦を後押しすることもあります。
好むと好まざるとにかかわらず、組織に属している以上、私たちは「影響力」からは逃げられません。「影響力が全くない世界」など存在しないのです。
それなのに「自分には力がない」と思い込んでいると、私たちは無防備にその力を行使し、周囲を傷つけたり、混乱させたりする「事故」を引き起こしてしまうかもしれません。
無自覚な「正論」が現場を凍らせる時
架空のエピソードを使って考えてみます。
あるミーティングにおいてポジションが上の方が、「なんで〇〇をやらなかったのですか?これをやるのは常識でしょう」といった発言をしたとします。このケースでは発言をした方のポジションが上というだけで発言を受け取る側は影響力を感じやすいという前提があります。それに加えて、発言の内容そのものです。この発言の意図は文脈によりますが、発言を受け取る側は「追及されている」と受け止める可能性があるでしょう。発言者が純粋に「なぜ?」に興味があるだけだとしても、発言を受け取る側の感じ方次第では影響力は高まります。つまり、ここではポジションと発言の内容が影響力を形づくり、そして、それがどう受け止められるかによって影響力の度合いが変わります。もし発言者が自身の影響力について過小評価している場合、影響力が行使されたことに無自覚になる可能性があります。そうなると、影響力の行使による結果、望ましくない事象が発生することもあるでしょう。
本人が無自覚であっても、強烈な影響力は確実に行使されています。その結果、メンバーは萎縮し、本来報告されるべき「真の問題」や「小さなミス」が隠蔽される——そんな望ましくない事象が発生してしまうかもしれません。
影響力とは?
ところで、影響力の定義について書いておりませんでした。このあたり、私は専門家ではないので Gemini Deep Research を使って「『影響力』の学術的定義を調べてください。」と指示しました。その結果、「社会心理学的アプローチ」「社会学的・構造的アプローチ」「組織行動・政治学的アプローチ」「ネットワーク・コミュニケーション論的アプローチ」の4つの主要な学術的アプローチを駆使して、以下のような結論を導き出してくれました。この定義が本当に学術的に正しいかどうかは議論しませんが、少なくともこの記事ではこういう定義のもとで話を進めます。
学術的定義における影響力(Influence)とは、社会的相互作用の場において、ある主体(個人、集団、組織、または国家)が、有形無形の資源(地位、専門性、魅力、関係性、情報)を行使または媒介することにより、対象となる他者の心理的状態(態度、信念、感情)および行動的反応(受容、模倣、服従)に対して、意図的あるいは非意図的に変動をもたらす動的なプロセスおよびその潜在的能力である。 その本質は、単なる力の行使ではなく、対象者が影響を受け入れる動機(賞罰の予期、関係性の希求、価値の整合性)との相互作用によって決定される「関係的現象」であり、その効果は表層的な追従から深層的な価値の内面化まで多岐にわたり、社会ネットワークを通じて伝播・増幅される特性を持つ。
この中で個人的に注目するべき点は「単なる力の行使ではなく、対象者が影響を受け入れる動機との相互作用によって決定される『関係的現象』」という部分です。影響力は行使する側が持つ絶対的な力ではなく、相手との関係の中で現れる現象、というところが実際に周りで起こっていることとも一致するな、という感想です。
そして、これまで議論してきた無自覚な影響力について、まさに「意図的あるいは非意図的に変動をもたらす動的なプロセスおよびその潜在的能力である」という部分が当てはまりそうです。
なぜ事故になったのか?
先ほど紹介した定義(「資源」「関係的現象」「非意図的」)というレンズを通して、先ほどの架空のミーティングでの「事故」を分析してみます。なぜ、「純粋な疑問」は「追及」へと変質してしまったのか、以下の3つの要素で説明がつきそうです。
- 「資源」が言葉を重くする 定義にあった「有形無形の資源(地位、専門性)」とは、キャリアやポジションそのものです。 「シニアエンジニアとしての技術的信頼」「マネージャーという肩書き」「社歴の長さ」。これらは単なる属性ではなく、発言のボリュームを増幅させる「巨大なアンプ(増幅装置)」です。 自分のことを「ただのいちメンバー」だと思っていても、背負っている「資源」が囁き声を、他のメンバーにとっての「怒号」や「絶対的な命令」レベルの音量に増幅して届けてしまいます。
- 「関係性」が意味を歪める 影響力とは「関係的現象」です。メッセージの意味は発信者ではなく受信者との関係性の中で決定されます。 メンバーの間には、「評価する側/される側」「教える側/教わる側」という構造的な関係性が存在します。このフィルターを通すと、フラットなはずの「なぜ?」という問いかけは、「私の行動に不満があるのか?」「試されているのか?」という文脈に自動変換されます。 どれだけフランクに振る舞おうとしても、この構造的関係性を無視することはできません。
- 「非意図的」な暴走 そして最も恐ろしいのが「意図的あるいは非意図的」という性質です。 このケースでの事故の主因は、「威圧してやろう」と意図したことではありません(そもそも、そんな意図を持った発言をする人は少ないと信じています)。むしろ、「自分のアンプの性能(資源)と、相手との距離(関係性)を計算に入れず、無防備にマイクのスイッチを入れてしまったこと」にあります。
つまり、先ほどの架空のミーティングで事故になったのは、発言者の性格が悪いからでも、相手が臆病すぎるからでもありません。 「ポジションというアンプを通せば、些細な入力でも出力は強大になる」という影響力の物理法則とも言えるメカニズムを、発言者自身が過小評価していたからと言ってよいでしょう。
影響力のボリュームを「コントロール」する技術
影響力のメカニズムが「アンプ(増幅装置)」であるというメタファーを受け入れると、「ボリュームのツマミ」を調整する、という比喩が思い浮かびます。実際にこれが可能かどうかはわかりませんが、影響力を適切に、そして、意図してコントロールすることができれば、無自覚な影響力の行使を避けることができるかもしれません。以下、影響力のコントロールについて、「ボリュームのツマミ」を「下げる」「上げる」それぞれのメタファーを使って提案してみたいと思います。
ボリュームを「下げる」技術(抑制的行使)
メンバーの意見を引き出したい時、メンバーの自律性を尊重したい時、あるいはブレインストーミングの場などでは、自分の強すぎる影響力はノイズになりかねません。意図的に出力を絞る必要があります。
- 傾聴する: 会議で影響力のあるメンバーが最初に意見を言うと、それが「正解」になってしまい、議論が終わってしまいます。「皆はどう思う?」と問いかけ、自分は黙ってみんなの意見を聞く。これだけで、場の「関係性」はフラットに近づきます。なお、傾聴に関しては好奇心が重要です。「〇〇さんはどのような考えを持っているのだろう?」「どういうきっかけがあってそういう考えに至ったのだろう?」と純粋にその人自身に焦点をあてた傾聴を行わないと、意図せずに「〇〇さんはこう言っているけれど本当はこれのほうがいいのでは?」などと自分自身の考えが表出し始めてしまいます。そうすると、本当の意味で「聞いている」ことにはなりません。自分の考えは横に置いて聞いてみましょう。
- 「わからない」ことを示す: あなたの持つ「専門性(リソース)」が相手を委縮させているなら、あえてそれを手放します。「この技術については〇〇さんが詳しいから教えてほしい」「正直、まだ迷っているんだ」と弱みを見せることで、相手は「発言しても安全だ」と感じることができます。
- 物理的な威圧感を減らす: 上座に座らず、あえて輪の中に混ざる。腕組みをやめる。こうしたノンバーバル(非言語)な行動も、アンプの出力を下げる有効な手段かと思います。
ボリュームを「上げる」技術(積極的行使)
逆に、影響力をフルボリュームで使うべき場面もあるでしょう。
- 責任の所在を明確にする: トラブル発生時や、リスクのある決断をする時こそ、アンプの出番です。「責任は私が取るから、思い切ってやってくれ」。影響力のあるメンバーがこれを言うとチームの他のメンバーは守られている安心感のもと、チャレンジができます。持てうる限りの影響力のリソースを使ってメンバーを鼓舞しましょう。
- 影響力のあるフォースからチームを守る: 組織で働いている以上、チームはなんらかの影響力に晒されることがあります。もしかしたら、声の大きいユーザーからのレビューによってそのチームが提供したプロダクトのレピュテーションが一気に下がることがあるかもしれません。あるいは、社内のステークホルダーから突然の指示があるかもしれません。そのようなとき、影響力のあるメンバーが矢面に立つことによってチームを守り、影響力のある者同士で会話をしてうまく場をおさめることが必要です。あるいは、いったん有事の問題ということで影響力のあるメンバーがその問題に取り組み、他のメンバーの負担を減らすような行動をしてもよいかもしれません。
最後に
影響力からは逃れられません。それにもかかわらず影響力に無自覚になることもままあると思います。影響力の存在を認識し、その「ボリューム」をどう調整するか?という観点で影響力と付き合っていくと、周りとの関係性においてきっといいことが待っていると思います。